40代社会人大学院生、博士を目指す。

岡山を拠点とする年齢的にも経済的にも余裕のない社会人が、少しでも研究実績を積み上げようとあがいています。

2016年 お気に入りの本 3冊

昨日の記事で言及した展覧会に引き続き、2016年に読んだお気に入りの本3冊を紹介します。一般書に限ってですが。

 

『これからのエリック・ホッファーのために』(荒木優太著)

まず、私のような会社勤めの傍ら細々と研究を続ける人間に「在野研究者」という呼び名を与えてくれたことに感謝します。

本書では16人の個性的な在野研究者の「生き方」が紹介されており、今の在野研究者への応援歌とも言える本です。日々の生活との狭間で何度も研究を辞めようと思ってしまいますが、その際にはこの本を開くことにしています。

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『その日暮らしの人類学』(小川さやか著)

「Living for Today―その日その日を生きる―」をキーワードに、経済、社会の状況をしくみを問い直します。現代に存在する(そして影響力を持ちつつある)「主流派」とは異なる経済システムは、他地域だけではなく、過去の社会を考えるうえでも示唆に富みます。具体的な事例が多く読みやすい部類の新書です。

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『星々たち』(桜木紫乃著)

今年文庫化された『星々たち』。北海道の、どちらかといえば暗い風景がリアリティを持って描かれ、それがバックグラウンドとなって各編の登場人物を際立たせます。どうしようもない救われなさの深みにはまり込み、その先に何があるのかと読み進めていくと……。

直木賞受賞作品『ホテルローヤル』を読んで著者の描写に惹かれたのですが、それはもちろん健在。言葉の用い方に感嘆することしきりで、著者の紡ぐ文章をいつまでも読んでいたいのです。左手に持つ残りのページが少なくなってくると読むのが惜しくなってきます。

 

2016年 満足度の高かった展覧会 ベスト3

趣味と言えるほどではありませんが、博物館や美術館での展覧会を楽しみにしています。2016年は比較的いい展覧会に出合えた1年でした。

今年のまとめとして満足度の高かった展覧会を紹介します。中国・四国・近畿地方の展覧会に足を運ぶことが多いので、どうしてもそのあたり中心のセレクトになってしまいますが。

 

1位 「大原治雄写真展」@高知県立美術館

高知出身で移民としてブラジルに渡り、写真を撮影していた大原治雄。そのモノクロ写真は、光が本当に美しく、1枚1枚が物語を紡いでいるように見えました。かなりの点数が展示されたいたのですが、ブラジルにまだあるという他の写真も機会があればぜひ観たいです。

実はこの展覧会を観て以来、Flickrには主にモノクロ写真をアップするようになってしまいました。それくらい影響を受けたのです。

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2位 「アートと考古学」@京都文化博物館

考古学とアートという異世界の2者をうまくつなげた展覧会でした。遺跡から出土する1,000年前の土器や瓦は現代のアーティストにどう映っているのか、視点が変われば物の意味も変わるという例がいくつも示されていたと思います。

私は、この展覧会の成功は京都という場にあると見ています。地理的にまとまり、大学が密集、アーティストも多い、という特性が京都にあるためです。こうした試みが、将来、さらに展開していくことを楽しみにしています。

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3位 「氷河時代」@大阪市立自然史博物館

ブログの記事にはしませんでしたが、積み重ねられた研究と、大阪という属性が十分に反映された展覧会でした。解説書(「図録」ではありません)はちょっとした概説書で読み応えがあります。

同日に国立民族学博物館で「見世物大博覧会」を観たのですが、両者を観た結果、「氷河時代」に軍配を上げます(大阪に行くまでの本命は「見世物大博覧会」でした)。大きく派手な展覧会よりも、地域性を重視し、館のサイズに応じた展覧会こそが、全国各地に博物館・美術館が存在することの意義だと思うからです。

 

2017年に向けて

私は展覧会のタイトルと内容を見て、その博物館・美術館に足を運びます(多くの方はそうだと思いますが)。12月、「色の博物誌」という展覧会に惹かれて目黒区美術館を訪れました。記事にも書きましたが、館に入ってすぐのエントランスに掲げられた館長メッセージに感銘を受けました。部下の日頃の取り組みについて胸を張って来館者に伝えているのです。目黒区美術館を訪れたのは初めてでしたが、このメッセージを読んで、他の展覧会もいいに違いない、と確信したので目黒区美術館は再訪したいと思います。

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同様に、いい展覧会を企画した博物館・美術館については展覧会の内容に関わらず、とりあえず足を運ぶように心がけます。おそらく一定の水準は保証されているでしょうから。

投稿論文がリジェクトされてシュトーレンをつつく夜

今日、論文がリジェクト(不採用)されたとの連絡を受けました。自信のある論文だっただけに、連絡を受けてからしばらく車の中で呆然としていました。

 

この論文の内容は、近年関心のあるテーマですが、大学以来の専門分野とは異なります。私の中では、テーマB(◯対抗)としている研究テーマです。

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知人のアドバイスも受けながらこのテーマに該当しそうな学会を探し、投稿先を定めました。論文投稿時の状況は以下のとおりです。

・投稿する学会誌を決めてから、安くない入会金と年会費を納入して入会。

・この学会に知り合いは1人のみ。

・投稿の際に必要な所属名(必要なのか疑問ですが)は、自分の所属する会社名。

アウェイ感十分ですが、岡山大学図書館にこもって過去の学会誌掲載の論文を読みあさり、傾向を抑えたつもりで論文を書きました。

 

しかし、門前払いでした。

 

リジェクトの理由として挙げられたのは次の3点です。

1 示された事実からこの結論を導くことは難しい。

2 根拠となるべき表がない。

3 AとBの関係が明示されていない。

 

1については、論証不足や論の飛躍と言われれば、そうかもしれません。もう少し材料を準備して周到に論を展開するべきでした。

表(2)があれば理解を助けることは分かっていたのですが、紙幅の関係で表は落としました。ただ、表に示されるような各項目については、本文中でそれぞれ詳しく触れているつもりです。これで根拠がないとまで言われるとつらいです。

3については、指摘された箇所よりも前の章でA・B間の関係を示しています。指摘箇所で書いていないのは丁寧さに欠けるのかもしれませんが、明示されていないことはないはずです。

 

投稿論文がリジェクトされたのは初めてではありませんが、今回のリジェクト理由には3割ほど納得がいきません。分野や学会ごとの「作法」の違いもあるのでしょうか。

 

さすがに落ち込んだので、売れ残りのシュトーレンを買ってきてフォークでつついて慰めています……。

科研費(奨励研究)の申請は持参するべき。可能なら。

科研費は研究機関に所属する「研究者」を対象とする助成ですが、それ以外の人でも応募できる「奨励研究」という種目があります。

教育・研究機関の教職員等であって、他の科学研究費助成事業の応募資格を持たない者が一人で行う教育的・社会的意義を有する研究

奨励研究 | 科学研究費助成事業|日本学術振興会

 

私のような在野の(自称)研究者でも助成を得ることが可能な制度です。限度額が100万円と、一般的な科研費に比べるとごくごくわずかですが、仕事の合間に行う研究に100万円以上の金額を研究に使うことはかなり困難です。時間的に。

私はほぼ毎年のペースで応募していますが、採択されたのは10年ほど前に一度だけ。1年前の申請(研究計画書)はかなり自信があったのですが、あえなく不採択。

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例年の締め切りが12月上旬なので、今年こそは、と意気込んで11月下旬から研究計画書の作成に取りかかりました。その際、参考にしたのは次のスライド。日本学術振興会特別研究員の申請用ですが、科研費の申請にも役立ちます。

www.slideshare.net

 

本来は締め切り前に研究計画書を仕上げて郵送する予定だったのですが、最後の詰めがなかなかできず焦っていたところ、締め切り最終日は東京で仕事だったことを思い出しました。科研費を扱っている日本学術振興会は麹町にあり、申請は持参も可能なのです。

というわけで、締め切り前日の夜、秋葉原での仕事を終えてからホテルで計画書を書き、データをネットプリントに転送しました。雨の中、傘も持たずにホテルを出てコートを濡らしながらたどり着いたコンビニで計画書をプリントアウトし、その場で購入した封筒に入れてなんとか準備できました。

 

快晴の翌朝、四ツ谷で降りて青空の下をうつむき加減に歩を進める上智大の学生に紛れて日本学術振興会の入っているビルに向かいます。最上階近くの受付会場入口には、昨年のノーベル賞を紹介するパネルが誇らしげに掲げられていました。

受付会場に入り計画書を手渡すと、椅子にかけて少しお待ちください、とのこと。なんとその場で書類に不備がないかチェックしてくれたのです。郵送ではもちろんチェックはしてくれません。

幸い、不備はありませんでしたが、持参できるなら持参したほうがいいのは間違いありません。書類不備による不採択を避けられるのですから。

 

しかし、私のように地方在住だと毎年持参するわけにはいきません。麹町まで来たこの日、無事申請できたのですが、東京と、東京から離れた地方との研究格差(わずかですが)を感じてモヤモヤしたのは事実です……。

 

秋冬限定、宝石のような甘納豆 - 村瀬食品(香川県高松市)

広くなったり狭くなったりする山道を車でたどって着いた目的地は、周りの風景に溶け込んで、目立つとは言い難い建物。控えめに立つ「甘納豆」の看板が目印です。

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香川県高松市の山間部にある村瀬食品は、甘納豆を生産・販売する、知る人ぞ知る店。この甘納豆は、秋口からゴールデンウィークまでの季節限定生産です。

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店内では袋詰めされた甘納豆が販売されています。1袋、300g強(種類によって若干増減します)で300円とかなりお得な価格設定。

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村瀬食品の甘納豆は、外側の薄皮1枚が柔らかく、そこから内は程よい歯ごたえが残っています。そして最大の特徴は豆の強い香り。素材である豆の味が十分に活かされた甘納豆なのです。私がもっとも好きな黒豆は、実は隠れた香川の特産品。

4種の豆はやや透き通った色が宝石のようです。こちらをホットケーキやパウンドケーキに入れて焼くと見た目も鮮やかな和風スイーツに仕上がります。

厚みのある芋納豆も食べ応えがあって人気。

 

賞味期限が約2週間と短いのは保存料を使用していないからとのこと。

どなたに手渡しても、後で必ず「おいしかった」と言ってもらえるので、行くと何袋も甘納豆を購入してしまいます。

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2016年の営業は12月29日まで、2017年の営業は1月7日からだそうです。

 

村瀬食品

香川県高松市香川町東谷865-2 

関連ランキング:和菓子 | 高松市その他

www.e-komachi.com

ローカルな民俗芸能からも導かれる生き生きとした中世の姿 『乱舞の中世』(沖本幸子著)

サントリー学芸賞受賞のニュースを見て知った本書。数日後、最も興味を惹かれた本書を購入して読み終えました。専門外の人間でも途中でつまづかずに読み進めることができるのは、著者の文章力のおかげでしょう。

 「白拍子」「乱拍子」といった、これまで実態が不鮮明であった点に照射して暗がりを取り去っていく論述は、とても気持ちがよく湧き出てくる好奇心を満たしてくれます。映像記録がない中世や近世の芸能を復元するのに相当な困難が伴うことは想像できますが、この点をまずは文献史料の丹念な検討により明らかにしていきます。

 

そして後半には地域に伝わる芸能も対象となって論が進みます。筆者が地域の芸能を重視していることは、「あとがき」の最後の文章で表明されています。

最後に、私がここまで研究を続けてこられたのは、さまざまな地域の芸能との出会いがあったからにほかならない。その土地その土地で長らく伝えられてきた芸能には、それぞれのすがすがしさがあり、そのすがすがしさに、いつもしみじみ心を洗われてきた。

個人的にはこのパートにのめり込みました。なぜなら、私が民俗芸能に抱いていた長年の疑問が払拭されたからです。

 

各地で伝えられているローカルな地芝居や神楽、獅子舞などの民俗芸能には、古い様相が認められるという考え方(仮説)があります。乱暴に言えば次のような構図です。

 

中央(往々にして都が置かれていた京とその周辺)で要素Aが成立。

やや遅れて要素Aが周辺に広がる。

さらに時間が経過、中央で要素Aは廃れて要素Bに置き換わるが、周辺の一部には要素Aが残っている。

この仮説に従えば、要素成立の時系列は、周辺に見られる要素A→中央にある要素B、と推測できる。

 

この考え方は、柳田國男が「蝸牛考」で提唱した周圏論(方言が中央から周辺に向かって同心円状に伝わる)に近いと言えるでしょう。

 

1年のなかで折々に出会うローカルな神楽や獅子舞を観ながら、上記の仮説は成り立つのだろうか、という疑問を常に持っていました。しかし、文献のみならず、上鴨川住吉神社の神事舞(兵庫県加東市)や黒川能(山形県鶴岡市)などの地域の芸能の観察からかつての芸能の姿を復元する筆者のプロセスは明快で、私の疑問は氷解しました。 

本書は、民俗芸能へのまなざしを変える一冊だと思います。次に出会う民俗芸能は、どのように見えるでしょうか。

多彩な色材は一見の価値あり。「色の博物誌」@目黒区美術館

TwitterのTLにたびたび流れてくる感想に押されて「色の博物誌」を観てきました。

山手線の電車を目黒駅で降りて、坂道を下っていくと見えてくる目黒川。この川を渡るのは何年ぶりだろう、などと少し昔を思い出しながら川沿いをしばらく歩いて目黒区美術館に到着しました。

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「色の博物誌」では国絵図と浮世絵を中心に江戸時代の色を紹介しています。なかでも私が観る時間を多く費やしたのは国絵図と色材です。

 

国絵図は、岡山大学が所蔵する慶長〜元禄期の備前国備中国(いずれも現岡山県)を描いたもので、とても色鮮やかです。江戸時代の絵図としては古い時期ものを数点まとめて見られる機会はそうそうなく、比較することで視点や描き方の差、埋め立て地の進展度合いなどを読み取ることができます。

また、絵図のどこにどんな色材が用いられたかが示されており、制作時期によって用いられる色材の変化も分かります。

 

国絵図コーナーと浮世絵コーナーの間には、鉱物や植物など多種多様な色材が展示されています。文字や写真で見たことはあっても、辰砂(朱、赤)や群青(青)、胡粉(白)など、実物を初めて目にする色材も多く、見入ってしまいます。

加工前の藍の展示や、イタボ牡蠣から胡粉を製造する工程の映像などもあり、小スペースの展示ながら相当な手間がかけられていることがうかがえます。

 

「色の博物誌」は派手でもなく大規模でもありませんが、しっかりとした研究の蓄積の上に成り立った展覧会であることは疑いようがありません。個人的には、こういった展覧会こそ数多く観たいです。

 

最後に、エントランスに戻って改めて読んだ館長の「ごあいさつ」に心を打たれました。(急いでiPhoneのメモに打ち込んだので間違いがあるかもしれません)

こうしたことが可能になったのは、学芸員たちの努力と経験に拠るところはいうまでもないことですが、

大きな組織の美術館や博物館では到底なしえないような、

むしろ当館のような規模の小さな美術館であるからこそなし得た事業で、

企画から交渉、作品解説、展示にいたる全ての作業を

少ないスタッフによってきめ細かく目配りをしていることの積み重ねによる

産物ということができます。

トップが部下の日頃の取り組み(概ね表に出ることのない)を、胸を張って対外的なメッセージとして伝えているのです。このような上司の下で働けるのは羨ましい限りです。

 

「色の博物誌 江戸の色材を視る・読む」

場所:目黒区美術館

会期:〜2016年12月18日(日)

観覧料:800円(一般)

mmat.jp