40代社会人大学院生、博士を目指す。

岡山を拠点とする年齢的にも経済的にも余裕のない社会人が、少しでも研究実績を積み上げようとあがいています。

龍安寺の新緑を浴びた後は、HOME coffee standに体を預けてコーヒーを。

「青もみじ」といったワードもよく見かけるようになったが、京都の寺社は桜が散ってから夏までの緑も美しい。暑い季節に視覚だけでも涼しむことができる。(実際はもちろん暑いが)

神戸での用件を済ませて午後からフリーになったので、阪急と嵐電京福電気鉄道)を乗り継いで新緑を見るために龍安寺に行くことにした。神戸三宮駅から約1時間30分、降り立った龍安寺駅は錆色の佇まいがいい。

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新緑も美しい龍安寺

駅から北に向かって歩くこと約10分で龍安寺が見えてくる。配された15石のうち必ず1石は見えないという方丈庭園(石庭)で有名な寺院だが、この季節は新緑も堪能できる。木々の葉も屋根や石を覆う苔も鮮やかで、見るにも撮影するにも飽きることがない。

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地元の人に愛されているHOME coffee stand

龍安寺でひとしきり過ごした後は駅の近くまで戻り、細い道を少し入った住宅街にあるHOME coffee standへ。

こちらのカフェは一段高い座敷スペースが広く子ども連れでも安心。トイレも子ども対応になっている。そうした配慮もあってか、地元の方々が気軽に立ち寄るカフェとなっているようで雰囲気がとてもいい。安心して体を預けることができる場といったところか。

そんな雰囲気とは相反して(?)コーヒーはしっかりとした味で年配の方にも好まれそう。量が多めなのもうれしい。

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HOME coffee standのある龍安寺駅付近は生活の香りが漂っていて、たとえば青果店に入って買い物をしながら歩くだけでも楽しい。

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立命館の大学院説明会をのぞいてみた。大学側の丁寧な対応に隔世の感が……

私は来年度からの大学院進学(博士後期課程)を考えている。この数年、進学のための学費を貯め、進学先候補を検討してきた。その1つが立命館大学大学院である。

進学候補の要素はいくつかあるが、現在の私の経済状況では学費の占める割合が大きい。その点では国立か、私立だと立命館あたりしか候補がないのである。

knada.hatenablog.com

 

先日、某国立大学の教員(さほど親しくはないが、学生時代から知っている相手)に、社会人である私を大学院に受け入れてもらうことは可能か問い合わせてみた。返信のメールに「とりあえず主要業績一覧を出して。論文のコピーも送って。中で協議するから」とあり、そのあたり一式を送ったところである。

 

一方、今日は立命館の大学院説明会があるというので、参加するために京都に行ってきた。立命館を訪れるのはほぼ10年ぶりである。

中庭?で充実したサークル活動に勤しむ学生たちを横目に、「〜館」「〜館」と命名されたいくつもの建物を行ったり来たりしながらようやく目的の会場に到着。どの大学もそうだが、キャンパス内が部外者に分かりにくいのは、当初からのグランドデザインに基づく建物配置ではなく、追加で施設を建てていくからだろう。

 

立命館の説明会でまず驚いたのは大学職員の対応がとても丁寧な点。上から目線な物言いになるが、社員教育が行き届いた大企業といった感じである(立命館くらいの規模の私立大学だと十分大きな企業なのだろうが)。

さらに、専攻ごとの説明会での教員の方の説明や受け答えが丁寧なことにも驚いた。進学するかどうか分からない学生の質問に教員がきちんと答えてくれている。たとえそれがささいな質問であっても。

私が通っていた20年前の国立大学では、大学側がこれほど学生に歩み寄るのも、教員が親身に学生の相談に乗るのもあり得なかった。今日見た限りにおいて、大学あげてのウェルカム感がすごいのである。20年前の感覚では到底考えられない状況を目の当たりにしてうろたえてしまった。すっかり浦島太郎状態である。

 

うろたえながらも、こうした職員や教員の姿に好印象を持ってしまったので立命館への進学も真剣に検討することにした。自分の専門に近い教員も在籍しているし。

 

しっかりとした味付けと食感重視の硬派なモーニング@高木珈琲(京都市 四条烏丸)

京都・四条烏丸で宿泊した翌朝、散歩しながら見つけたのは喫茶店でモーニングを食べることにした。やや古ぼけた青い軒先テントには「高木珈琲店」とある。

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店内は想像どおりクラシカルな雰囲気。男性2人が切り盛りをしている。ちなみに、期待を裏切らず喫煙可である。

この日、昼食をいつ食べられるか分からない予定のため、迷わず680円のモーニングをオーダー。

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コーヒーにトースト、ポテトサラダ、スクランブルエッグ、ソーセージと、グリーンな野菜など見あたらない硬派なラインナップ。

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弾力あるトーストには塩味の効いたバターがたっぷり。硬派である。

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しっとりしたポテトサラダはマッシュされていない大き目のポテトが混じり、食感に訴えかけてくる。硬派である。

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ソーセージは噛むとパリッとしている。ボイルしているのではなく、軽く揚げてあるようだ。硬派である。

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コーヒーはクラシカルな風味で苦味が前面に出る。硬派である。

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全体的にしっかりとした味付けと食感を重視している点が統一されているのがいい。朝から続々と入ってくる人たちで支持されていることもよく分かる。
 

烏丸通りを渡って少し東に入ると道幅が狭くなり、古い建物も残っている。朝の散歩にちょうどいい。

打ち水を至るところで見かけるのは京都ならではか。

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中華粥と具がぎっしりの点心を、新橋でリーズナブルに@花茶坊

仕事で梅雨入りした東京に向かった先日のこと。午後からの打ち合わせを終えて、仕事仲間のAさんから夕食に「中華粥とかどう?」と誘われて二つ返事で了承した。中華粥なんてなかなか食べる機会がないため、そのワードを聞いただけでテンションが上がってしまったのである。

 

新橋の駅から7〜8分ほど南(汐留方面)に歩いたところに目的の花茶坊はあった。道を挟んで反対側にあるスープカレーの店やおでんの店にも惹かれるが、初志貫徹。

幟が立っていたり、入口付近にメニューがペタペタ貼られていたりと、大衆的な雰囲気にあふれている。

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店内はテーブル3つとカウンターだが、先客の3組はいずれも20〜30代とおぼしきカップル。店の外観からはおそよ想像のつかない客層だ。 

 

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Aさんにすすめられるまま、点心セット(800円)をオーダー。ほどなく運ばれてきたトレーには、中華粥、せいろにに入った点心、チンゲンサイ、ザーサイが載っている。 

 

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中華粥はごま油が垂らしてあるのと、多少の塩以外の味付けはされていない。テーブル上にある塩、醤油、豆板醤、酢、練がらしなどで味を調整して楽しむスタイルらしい。個人的には酢と豆板醤の組み合わせが好みだ。そして、時間の経過とともにしんなりして粥になじんでくるレタスがいいアクセントになっている。 

 

 

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焼売3種はいずれも具がぎっしり入っていて食べ応えがある。それぞれ、海鮮(黃)、野菜(緑)、肉(白)。えび餃子?ワンタン?(写真右端)はエビのみを包んだシンプルなものだが、逆にエビの味が際立つ。

点心の味付けも想像するよりもあっさり目。必要であれば、醤油や酢で、ということだろう。私はそのままでちょうどいいくらいだった。

 

写真では分かりにくいが中華粥の丼は深さがあり、ある程度は水分が占めるとはいえ結構なボリュームなうえ、点心も具だくさんである。中華粥だと高を括っていたが翌朝まで空腹を感じることはなかった。この味と量で800円はお得。

周りのカップルは点心や中華粥を単品でいくつか注文し、アルコールとともにシェアしながら食べていた。夜はこうした使い方をされる店なのだろう。

他のメニューも期待できるので、これは再訪したい。

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特別展「茶の湯」で茶器を堪能し、考古展示室で人物埴輪に圧倒される@東京国立博物館

まださほど暑くなっていなかった5月、特別展「茶の湯」を目的に訪れた上野の東京国立博物館。この日は別の用件が入ってしまい、博物館に着いたのは閉館まで2時間強という時間だった。

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特別展会場は敷地奥の平成館。ここに入るのは初めてのような気もする。展覧会の性質か和装の人も少なくない。

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 見知らぬ人と感想を述べ合ってしまう展覧会

茶の湯」では室町時代から江戸時代を中心に近代までの茶器が展示されており、メインは侘茶の誕生から千利休による侘茶の完成だろう。千利休登場までの流れと、千利休以後の展開といったストーリーのように見受けられる。

通常の展覧会であれば1点でも集客できるレベルの茶器がこれでもかと並ぶ。それぞれをじっくり観察してまわると見終わるころには疲労困憊である。それでもほとんどの観覧客は詳細に茶器を観ている。小さな資料が大半のため、少し人だかりができると隣の人と近づいて観ざるを得ないが、見知らぬ人と目の前の資料を前に一言の感想を述べ合う稀有な状況に落とし込まれるのもこの展覧会ならではかもしれない。

 

信長の野望」ファンはその世界の一端に触れることができる

私が茶器の存在を知ったのは、中学生の時にプレイした「信長の野望 武将風雲録」だった(1990年発売)。戦国期を舞台にした有名SLGの4作目で、当時、PC-8801を持っていた友人の家に上がり込んで遊んでいた。

武将風雲録」では、配下武将の忠誠心の上昇や茶会の開催に茶器が用いられるというシステムとなっていた。戦争を前面に押し出した戦国期のゲームに登場した茶器は新鮮で、限られた数しかない茶器のコレクションに腐心したことも思い出す。

茶の湯」で何十点もの戦国期の茶器に囲まれると「信長の野望」の一部を仮想体験しているような気になる。戦国期の城館跡に立つのとはまた違った体験である。これだけの茶器が集まる展覧会はこの先数十年は開催されないだろうから、「信長の野望」ファンはこの展覧会で茶器システムの一端に触れるべきだと思う。

なお「武将風雲録」に登場した茶器の一部は「茶の湯」に展示されている。

 

予習は『へうげもの』で

この展覧会の中核をなす侘茶の誕生から完成は、古田織部を主人公とする『へうげもの』(山田芳裕著)の舞台そのものである。『へうげもの』は史実をベースにしたフィクションであるが、戦国武将の茶器への視点や、茶の流れと茶器の変遷がこれほどわかりやすい作品はないように思う。

今回、展覧会を観る前に『へうげもの』を読んでいったのだが、展覧会のストーリーを瞬時に把握できた。「茶の湯」は6月4日までの会期だが、可能であれば観る前に『へうげもの』(特に5巻あたりまで)で予習することを強くおすすめする。

ミュージアムショップで『へうげもの』を販売してもいいように思うが……。

 

特別展「茶の湯

12世紀頃、中国で学んだ禅僧によってもたらされた宋時代の新しい喫茶法は、次第に禅宗寺院や武家など日本の高貴な人々の間で浸透していきました。彼らは中国の美術品である「唐物」を用いて茶を喫すること、また室内を飾ることでステイタスを示します。その後、16世紀(安土桃山時代)になると、唐物に加えて、日常に使われているもののなかから自分の好みに合った道具をとりあわせる「侘茶」が千利休により大成されて、茶の湯は天下人から大名、町衆へより広く普及していきました。このように、日本において茶を喫するという行為は長い年月をかけて発展し、固有の文化にまで高められてきたのです。

本展覧会は、おもに室町時代から近代まで、「茶の湯」の美術の変遷を大規模に展観するものです。「茶の湯」をテーマにこれほどの名品が一堂に会する展覧会は、昭和55年(1980)に東京国立博物館で開催された「茶の美術」展以来、実に37年ぶりとなります。
各時代を象徴する名品を通じて、それらに寄り添った人々の心の軌跡、そして次代に伝えるべき日本の美の粋をご覧ください。

会期:2017年4月11日(火) ~6月4日(日)

会場:東京国立博物館 平成館

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考古展示室では埴輪の造形美を観ることができる

茶の湯」の会場を出た1階の大きなソファでは多くの人が休憩している。その付近にある考古展示室に入る人は残念ながら多くはないが、ここでは造形美にすぐれた、人物、家、鶏、馬などの埴輪を観ることができる。

これらの埴輪は、5〜6世紀を中心に制作されたものだろうが、この時期の人物の服装や髪型をビジュアルで理解できる限られた資料である。平たく結わえられた髪、前綴じの服、玉を連ねた首飾り、いれずみと思われる表現、頬を覆う兜。

古代〜中世の絵画資料に表現される人物との違いは、人物を彩る服装や髪型がそれぞれの社会の規範によることを示しているのだろう。

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科研費(奨励研究)にはもう手が届く気がしない

今年(2017年)も採択されなかった科研費(奨励研究)の審査結果が届いた。そろそろ届く頃だろうとは思っていたが、審査結果を見ても結果が変わる訳でもないのでさほど気にも留めていなかった。

knada.hatenablog.com

 

郵便受から縦長のハガキを取り出し、三方を切り取って中を開くとCとあった。評価段階では最低である。昨年はBだったので、さらに評価が低かったことになる。科研費はここ何年も採択されていないが、さすがにCは初めてだ。

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knada.hatenablog.com

順位の低さに落ち込むのを通り越して、郵便受けの前でしばらく考え込んでしまった。自分の今の研究テーマと手法は何かが間違っているのかもしれない、と。

 

そこまでいかなくとも、私が研究の内容や意義を日本学術振興会や委員に伝えられないのは間違いない。少なくとも科研費にはもう手が届く気がしない。

下北沢はやっぱりカレーの街だった@路地裏カリィ侍.

下北沢で打ち合わせがあったその日の夕食はカレーと決めていた。先日、下北沢のポニピリカで食べたスープカレーに心(舌?)を打たれて、それ以来、私の中では下北沢=カレーの街になってしまったのである。

knada.hatenablog.com

 

ポニピリカで食べたカレーでどれだけ満たされたかを友人に語っていると「こっちもどう?」と紹介してもらったのが路地裏カリィ侍.である。

平日21:00前に訪れても店内は満席でしばらく待つことになったが、早い時間だと並ぶ必要があったかもしれない。遅く来てよかった。

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メニューにあるオススメは「チキンと一日分の野菜20品目」だが、20品目も食べられそうにないため、野菜13品目の「チキンと野菜」をオーダー。

待つ間に他の人の注文に耳をそばだて、壁に掲げられた黒板の文字を読み、なんとなくメニューのシステムを理解する。「侍.まつり」という3〜4品目を自由に組み合わせてトッピングできるメニューを頼むのが基本のようだ。

 

そうこうしているうちに到着したボウルとプレート。

まず、スープカレーなのに高さのある盛り付けに目を引かれる。チキンはモモ1つ、野菜はぎっしり。これは写真を撮りたくなるビジュアルだ。

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トマトの酸味があるスープはかなり好みの味。ブロッコリーや人参の茹で具合も絶妙。チキンとともに高さを演出している素揚げ(薄い衣があったかも)のごぼうは、甘めにしっかり味付けされている。このごぼうがいい。ごぼうだけ追加トッピングしたいくらいだ。(次回は必ずそうする)

夜まで打ち合わせが続いてかなり空腹だったはずなのに、180gの標準量のライスを食べきるのに苦労した。それだけ野菜たっぷりということだろう。歯応えもあるし。

 

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カレーのおいしい街は、いい。

 

路地裏カリィ侍.下北沢店 | 札幌路地裏スープカリィ侍.| SAMURAI

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