独り身の40代、大学院進学と博士を目指す。

岡山を拠点とする年齢的にも経済的にも余裕のない社会人が、少しでも研究実績を積み上げようとあがいています。

10年前に亡くなった先輩を訪ねて冬の終わりを感じた日

先日、大学の先輩Aさんが急逝しました。それ以来、湯船に浸かったり布団に入って目を閉じたりするたびに大学時代のことを思い出し続けています。

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私が所属してた研究室は、国立大学でもあり、学部生から大学院生まで含めて30人ほどの大きくない所帯でした。今回はそのうちの1人が亡くなったのですが、10年ほど前にも別の先輩Dさんがこの世を去りました。40歳そこそこの年齢で大学時代を共に過ごした数少ない人を2人も失ってしまったのです。

今回の件ではDさんとのさまざまな出来事も思い起こすことになり、葬儀以来、足が遠のいていたDさんの元を訪ねることにしました。

 

墓参したことがある友人に連絡を取って、墓地の場所を聞いてみたものの明確な答えは得られませんでした。分かったのは、墓地が寺院や公的機関が経営するものではなく集落で管理されているような小規模なものだということ、その墓地はDさんの実家の近くということです。

Dさんの実家は四国某所にあり、葬儀に行った記憶を頼りにgooglemapsを開いておおよその場所を確認、とりあえず実家付近を目指すことにしました。行って近くで墓地を探せばなんとかなるだろうと思ったのです。

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寒さも和らぎ青空の広がっていた先日、車で瀬戸大橋を渡り、Dさんの実家方面に向かいました。10年前に見た景色が少しづつ思い出されてきて、途中からはgooglemapsを開かなくても実家の近くにたどり着くことができました。

車のスピードをかなり落として周辺の風景に注意を払っていると、右手に墓地が見えてきました。小さな集会所と小堂のそばに10基ほどの墓石が並んでいます。

「ここだ」という直感を頼りに車を停めて、墓石を1つずつ確認しながら敷地を周ります。しかし、Dさんの名前はどこにもありません。念のため墓地をもう1周しましたが見当たりません。Dさんの墓はここには無いようです。

 

諦めてハンドルを握り直し、ゆっくりと車を進めていると小高い丘の上の墓地を発見しました。今度は半信半疑で墓地に入り、墓石を確認していきますが、ここにもDさんの墓はありませんでした。

 

運転席に戻って少し考えた末、市役所の支所を訪ねることにしました。支所の窓口で訳を説明して住宅地図を見ながら墓地の場所をいくつか教えてもらいます。地図を眺めていると、この地域では小字(地区)ごとに墓地が設けられていること、墓地には集会所と小堂がセットになっていることが見えてきました。

Dさんの実家の小字名を冠したは集会所を住宅地図で探し、その傍らに墓地もあることを確認しました。その位置をgooglemapsに落として再び車を走らせます。

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目的の墓地は車1台が通るか通らないかの狭い道の奥、住宅に囲まれた中にありました。車でウロウロしていても見つけられないはずです。

Dさんの墓は入口から数えて6基目でした。手入れの行き届いた墓石の花立には梅の枝が2本ずつ差してあります。青空に映える瑞々しい枝の表面と張りのある白い花。この日、冬の終わりを感じました。

安堵しながら手を合わせて、Aさんが亡くなったことを報告し、10年間来ていなかったことを詫びます。焼肉をおごってもらう約束はどうなったのかと問うことも忘れずに。

 

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