40代社会人大学院生、博士を目指す。

岡山を拠点とする年齢的にも経済的にも余裕のない社会人が、少しでも研究実績を積み上げようとあがいています。

市場設計に腐心してきた歴史をわかりやすく。『マーケット進化論』(横山和輝著)

Twitterで存在を知って手に取ったのが『マーケット進化論 ―経済が解き明かす日本の歴史―』です。

本書のおおまかな内容は冒頭に一文で示されています。

「鎌倉・室町時代から昭和初期まで、市場の機能を活かす市場設計を通じて、日本は経済発展を実現した。

 

内容は個別の研究成果に裏付けられていながら、歴史や経済の専門家以外でも読みやすいよう相当に工夫されています。合間に挿入される筆者のお子さんとのエピソードはよい具体例かつ、固くなりがちな内容を和らげているのではないでしょうか。

また、中世後半や近世のあたりは近年の研究成果が顕著に反映されているようにみえ、最前線の経済史を概観できるという意味でも重宝します。

 

個人的には、扱う市場(市場設計)の特性を最初に述べている箇所を読んで、本書を手元に置いておくことに決めました。歴史学の立場から市場をきっちり説明して議論を勧めることは少ないように思います。

たとえば以下の箇所は経済学からのアプローチならではでしょう。

市場経済にはメリットもデメリットもあります。メリットを活かしつつ、デメリットを最小限のものに抑えるにはどのようにすればよいのかという問題は、市場経済のもとで生活する私たちにとって、常に切実な問題です。市場のメリットを活かしつつデメリットを削減するための工夫、これを市場設計といいます。市場経済が形成されて以降、社会にとって市場設計はなくてはならない工夫なのです。

 

また、市場機能の条件について先行研究を引用しながら箇条書きで簡潔に示した箇所もそうです。

市場メカニズムについての研究で多くの業績を残した経済学者マクミラン(Jhon McMillan[1951-2007])は、市場が機能するために必要な条件として次の5つを指摘しています(McMillan2002)。

(Ⅰ)情報が円滑に流通していること

(Ⅱ)人々が約束を守ると信頼できること

(Ⅲ) 財産権が保護されていること

(Ⅳ)第三者への副作用が抑えられていること

(Ⅴ)競争が促進されていること

 本書ではこの5条件に加えて「計算能力」を軸に市場の発展メカニズムを追っていきます。

計算能力については割いた章で触れられる、明治期の小学校で複利計算を習っていた、というのは衝撃でした……。

 

余談ですが、書店で表紙カバーを見た瞬間、ニヤリとしました。表紙に採用されているのは有名な『一遍聖絵』の「福岡の市」の一場面です。扉の裏にある表紙の解説は、見落とされがちですがぜひ読んでください。筆者は最初から表紙をこの絵図のこの場面に決めていたのかもしれません。