今さらながら『新・観光立国論』(デービッド・アトキンソン著)を読みました。
文章は明快で、裏付けとなる図表も多く、読みやすくて理解しやすい内容になっています。1時間もあれば一通りは読むことができるでしょう。
本書は、外国人観光客にいかに日本滞在で満足してもらうか、そして観光業で大きな経済的効果を上げるにはどうすべきか、という提言書です。提言全体についてはamazonのレビューにも多くの方が書いているのでそちらに譲り(ほとんどが肯定的な内容)、このエントリでは最後の6章、文化財について触れてある部分を取り上げて、感想を述べてみます。
『新・観光立国論』での文化財活用の提言
6章「観光立国のためのコンテツ」では、文化財の積極的な活用についても提言しています。以下、見出しのみを引用してみます。
文化財の整備は「上客」を呼ぶ誘引
もっと文化財を活用すべき
文化財には2つの意味がある
文化財には説明と展示が不可欠
日本人にも魅力を伝えきれていない
ガイドの重要性
多言語対応
出始めている成功例
ガイドブックの充実
翻訳は必ず教養のあるネイティブのチェックを
もっと「稼ぐ」ことを意識せよ
問題は発信力ではなく文化財の魅力
街並みの整備は急務
何をするにもお金が必要
「稼ぐ文化財」というスタイル
見出しだけを見ても提言の内容はおおむね把握できます。
最後の「稼ぐ文化財」というキーワードが重要です。私も文化財で収入を得ることは、観光のみならず、文化財を維持・修理するうえでも必要だと考えます。
文化財は「稼ぐ」ものではない、という考え方
本書では主に寺社が所有する建造物を例にあげています。京都や奈良などの有名寺社でみられる拝観料徴収は「稼ぐ」ことに近いでしょう。
しかし、その拝観料も決して高くはなく、文化財は稼ぐものではない、という考え方が現在の日本社会では多数を占めているように思えます。特に自治体が所有する文化財ではその傾向が顕著です。
たとえば特別名勝(国が指定する文化財の1カテゴリー)である大名庭園の後楽園の入園料は大人400円です。
また、銅鐸や近世絵画などの文化財を展示している博物館、特に公立博物館の入館料は数百円というところが少なくありません。東京国立博物館の常設展は620円、岡山県立博物館の平常展は250円です。
なぜなら、博物館法第23条で公立博物館の入館料について以下のように定められているからです。
第二十三条 公立博物館は、入館料その他博物館資料の利用に対する対価を徴収してはならない。但し、博物館の維持運営のためにやむを得ない事情のある場合は、必要な対価を徴収することができる。
博物館の入館料が原則無料とされている理由は、第2条に示されている博物館の目的と関係ありそうです。
第二条 この法律において「博物館」とは、歴史、芸術、民俗、産業、自然科学等に関する資料を収集し、保管(育成を含む。以下同じ。)し、展示して教育的配慮の下に一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資するために必要な事業を行い、あわせてこれらの資料に関する調査研究をすることを目的とする機関(社会教育法 による公民館及び図書館法 (昭和二十五年法律第百十八号)による図書館を除く。)のうち(以下略)
博物館の「展示」とは「教育的配慮の下に一般公衆の利用に供」するものとされているのです。 教育目的のためであるから文化財の展示に際して入館料を取らない=「稼ぐ」ことをしない、という論理なのでしょう。
ひいては文化財一般(特に自治体所有の文化財)に対しても、同じような姿勢のように思えます。
文化財の維持・修理のお金はどこから?
「稼ぐ」ことをしないのであれば、文化財を維持・修理するためのお金は当然ながら税金になります。
つまり日本では、自治体が所有・管理する文化財は税金で修理することが前提になっているのです。しかし、文化財の修理は税金でまかなえているのでしょうか。
本書によれば、まかなえていないのが現状のようです。文化財の修理は全然追いついておらず、みすぼらしい状態の文化財であるがために、見学者に好印象を与えないという悪循環に陥っているのです。
税金による文化財の維持・修理という前提からの脱却
私は、文化財とは修理されながら将来にわたって維持されるべきものだと考えます。そうでなければ、教育に資することも、観光に活かすことも、ましてや文化財を材料に歴史研究を進めることもできないからです。
文化財を観光コンテンツとして得たお金を、文化財の維持・修理に回すことは可能なのではないでしょうか。
そのためにはまず、文化財の維持・修理を税金でまかなうという前提から脱却すべきだと思います。複数の手段で維持・修理費用を調達し、それでも必要であれば税金を投入すればいいのです。
文化財関係者の方々は、この本を読んでどう思うのでしょうか?