独り身の40代大学院生、博士を目指す。

岡山を拠点とする年齢的にも経済的にも余裕のない社会人が、少しでも研究実績を積み上げようとあがいています。

2019年に達成すること(+2018年の振り返り)

年も明けてすでに2週間経過したが、2019年に達成することを掲げたい。

その前にまずは2018年の年頭目標を振り返ってみる。

 

2018年の年頭目標はどうなっったか

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1 上半期に論文(論文03)投稿

結果的には10月になったが無事論文を投稿した。2019年3月公表予定。

 

2 下半期に論文(論文02)投稿

現在、執筆中。

この論文の内容について大学で数回発表した。発表の場で、論文の内容を分割したうえ、それぞれを膨らませたほうがよい、とのアドバイスをいただいた。そのため、追加で調査、データ作成を実施したところまでで2018年が終わった。

 

3 大学院進学

なんとか合格して大学院に通っている。

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4 筋肉量をさらに増やす

 △

ジムに行く回数が減ったので増えてないかも……。

 

残念な状態の目標もある2018年だったが、2019年の目標を。

1. 2月中に論文投稿

現在執筆中の論文を近々雑誌に投稿する。博士論文の第2章になる予定。

 

2.  秋に論文投稿

博士論文の第3章にあたる論文を半年で完成させる。

 

3. 心と身体の調子を取り戻す

秋にうつ病になり、現在も睡眠薬がないと深い眠りを得られない。が、朝は起きられず、研究に割く時間を確保するのが難しくなってしまった。心身不調の原因は判明しているので、元凶から遠ざかることで元の生活を取り戻したい。

2018年 お気に入りの本3冊

2018年も12月30日になった。昨年に引き続き、今年読んだ本の中で特に気に入っている3冊を紹介したい。(自分の専門分野を除く)

 

『はじめての沖縄』(岸 政彦)

対象のモヤモヤを、モヤモヤのまま捉えようとするスタンスが岸政彦さんの魅力だと思う。 それはこの本でも同様である。タイトルで「はじめての」とうたっているが、沖縄をより深く知ろうとする人にこそ、モヤモヤが伝わるような気がする。

終章で、社会を人びとのつながりだとすることに対して「私たちは、実はつながっていないのではないか」との一文には、はっとした。 「つながり」の語を用いるにしても、それがどのレイヤーでのつながりなのか十分に自覚する必要があるのではないか。

 

ちなみに、「よりみちパン!セ」シリーズが発行所を変えて再出発したことを、この本で初めて知った。新曜社には、石川直樹さんの『いま生きているという冒険』をもう一度出して欲しい。石川さんが高校生のときに撮ったというガンジス川の写真は、『いま生きているという冒険』で文章と併せて見るべきかと。

 『倭の五王』(河内春人)

限られた史料を駆使し、通説に対して静かに理詰めで挑むスタイルに引き込まれて終盤は一気に読んでしまった。専門分野であればあるほど通説を疑うこと自体が難しいはずで、テーマ的にも高い壁をなんとかして越えようとする姿勢は文章からも十分伝わってくる。

 

そして、今年も中公新書はいい本出すな、と。

 『風景論』(港千尋

東日本大震災の場から始まり、世界の各地を巡りながら「風景」に向き合い続ける。写真家だけに、挿入される写真がいい。パラパラめぐるだけでも楽しめる。

 

冒頭に次の一文がある。

「見知らぬ土地を歩きながら、普段とは違った風光に触れるのは、人間の喜びである。」

「風景論」でありながら「風景」の登場より前に「風光」の語を用いる意図に唸らされる。

 

 

2018年 満足度の高かった展覧会

2018年も終わりに近づいているので、昨年に引き続き、1年間に訪れた展覧会のうち、よかったものを振り返ってみる。ただ、今年は例年に比べて展覧会を観ていないうえ、印象に残るものも少なかったのでふたつのみ。

 

「石内 都 肌理と写真」@横浜美術館

 ひとつは横浜で開催された「石内 都 肌理と写真」である。

今でも頭に焼き付いているのは横須賀を写したモノクロの風景、特に山口百恵さんのピンナップの下に気だるそうに座る若い男性の写真。「横須賀ストーリー」の写真は機会があればまた観たい。

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「20世紀の総合芸術家 イサム・ノグチ ―彫刻から身体・庭へ―」@香川県ミュージアム

もうひとつはイサム・ノグチの展覧会。大分から始まり東京まで巡回した展覧会を、私は香川で観た。香川はイサム・ノグチがアトリエを構えていた地である。

イサム・ノグチの彫刻や庭園は知っていたが、北京ドローイングや舞台美術関連資料はこの展覧会で初めて見た。これからも各地で出合うであろう彫刻や遊具の見方が変わるかもしれない。

展示室にひっそりと置かれていた香川の作品マップ(高松市内にも結構ある)も嬉しかった。 

 

広く研究への門戸が開かれているのが、奨励研究ではなかったのか。

平成31年科研費(奨励研究)の変更点

科研費の公募が始まっている。

私は研究機関に所属していない(研究者ではない)ので、これまで応募できたのは、奨励研究のみである。しかし、今回の公募の変更点をみると、もしかすると私は対象ではないような気もしてきた。

以下、奨励研究の主な変更点を引用する。(強調は筆者)

<平成31年度における主な変更点等>

(1)教育現場等での実務に基づく、教育的・社会的意義を有する研究を助成し、奨励する本種目の目的や趣旨に即した応募を促進するため、平成31年度公募から応募資格について、「教育・研究機関や企業等に所属する者」を対象としました。そのため、応募時点において、所属組織の長等が証明した「在籍確認書類」の提出が必要となります。

(2)奨励研究の補助事業期間終了後に、「研究成果報告書」の提出を新たに義務付けることとしました。
(3)応募用ID・パスワード取得申請の期限を設定しました。
  ※応募用ID・パスワード取得申請期限:平成30年10月31日(水)午後4時30分(厳守)

奨励研究に応募するには、応募用ID・パスワードを取得申請する必要があります。ついては、応募用ID・パスワードの取得申請期限までに、奨励研究応募用の科研費電子申請システムに取得申請を行ってください。期限までに取得申請が無い場合、奨励研究に応募することができません。
(4)科研費による研究は、研究者の自覚と責任において実施するものであるため、研究の実施や研究成果の公表等については、国の要請等に基づくものではなく、その研究成果に関する見解や責任は、研究者個人に帰属されることを明記しました。
(5)研究者が遵守すべき行動規範について明記するとともに、研究代表者が、研究遂行上配慮すべき事項について内容を理解し確認する必要があることを明記しました。 

(締切は、2018年11月7日[水]16:30)

 

広く研究への門戸が開かれているのが、奨励研究ではなかったのか

これまでの奨励研究では、実質的には所属に関係なく誰でも申請できた。

私は地方の小さな会社に務めている。教育関係でも研究関係でもない。あえて言うなら、教育関係者や研究者に業務で接することがある程度だ。企業ではあるので、申請はできるとは思うが、果たして対象となるのかどうか。

 

さらに先日、仕事が原因でうつ病と診断されてしまい、現在の会社を退職するか迷っている。うまく転職できたとしても、申請時と採択時で所属が変わっていれば、仮に科研費が採択されるとどうなるのだろう。フリーランスになっていれば採択は取り消しになるだろうし。

 

そもそも「教育現場等での実務に基づく、教育的・社会的意義を有する研究を助成し、奨励する本種目の目的や趣旨に即した応募を促進するため」であれば、「教育的・社会的意義を有する研究」さえ行えればいいのであって、申請者(採択者)の所属の有無は関係ないように思う。

所属や所属の有無に関係なく、広く研究への門戸が開かれているのが、奨励研究ではなかったのか。

 

大学院に合格したが、得体の知れない何かに身体を絞られているような感覚が続いている

大学院(博士後期課程)に合格した。4月から約20年ぶりに大学に通うことになる。

半年前に想像していたのは、3月はやる気に満ち溢れて、研究へのモチベーションも高い状態が続く自分の姿。しかし、現実はまったく違っていた。

得体の知れない何かに、内蔵から手足の先までを、雑巾かペーパータオルのようにきつく絞られているような感覚になっているのだ。

 

2月の終わりに受けた院試、ペーパー試験はともかく、面接はさんざんな結果だった。

私の専門に近い3人が面接官である。3人から順に質問を受けたのだが、結局のところ、これまでの研究実績の8割を否定されてしまった。

1人目の質問が終わるころには不合格を確信した。

 

院試を終えて梅田に向かう帰りの電車では、もう研究をやめるしかないな、という思いになっていた。大学院不合格よりも、これまで書いてきた論文のほとんどが評価されていなかった点が堪えた。

 

それから10日ほどの間、新たな論文を書いて別の大学院を受けよう、とたまに思うなどしたが、それも長くは続かず、ほぼ打ちひしがれた状態で過ごしていた。

合格発表の日、ネットで確認できることは分かっていたも、それを見る気にはなれず。たまたま午後からの出勤だった翌日、午前中を自宅で過ごしていると書留が届いた。手渡された封筒の厚さで合格したことが分かった。

 

ほぼダメ出しをされた場で研究をしなければならないという現実が急に襲ってきた。

自分にそれが務まるのか?博士論文にまでたどり着くことなどできるのか?

格通知を受け取ってから一日以上経ったが、身体が絞られるような感覚がずっと続いている。

 

傷んだ財布を撮影したい衝動に駆られた。「石内 都 肌理と写真」@横浜美術館

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5年前に財布を買って以来のみなとみらい

みなとみらいの駅で降りたのは、ほぼ5年ぶりだろうか。

当時、仕事で横浜を頻繁に訪れていたにもかかわらず、中華街にも山下公園にも行ったことがないという私を友人が案内してくれた。よく晴れた秋の週末で、駅も山下公園も赤レンガ倉庫も休日を楽しむ人たちでいっぱいだったことを思い出す。

山下公園といえばあぶない刑事という世代の私は、屋台が並び家族連れでごった返す光景を目の当たりにして、30年近く抱いていた山下公園のイメージの変更を余儀なくされた。

ちなみに、この時、偶然立ち寄った店でオリーブグリーンの財布を買ったのだが、その財布は皮を綴じるステッチの一部がほどけ、色も焦茶色に近くなってしまった。財布の隅々を改めて眺めると、5年間という時間の流れの残酷さを痛感する。

 

横浜美術館で開催中の「石内 都 肌理と写真」

さて、今回みなとみらいに赴いたのは、横浜美術館で開催中の「石内 都 肌理と写真」を観るためである。

昨秋、百島(広島県尾道市)で石内都さんの写真を観た際、横浜美術館での展覧会には必ず来ようと決めていた。

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石内都さんが撮影した横須賀と山口百恵さん

会場は1970-80年代に撮影した風景や建物から始まる。

粒子が浮かび上がる独特のざらついた空は、二次元の写真に凹凸を与えているようだ。

風景や建物が続く中でひときわ目を惹くのが、アパートの一室に貼られた山口百恵さんのポスターである。私の前に観ていた人もこの写真の前で立ち止まった。

気だるそうにベッドに座る男性と対照的な強い目線をこちらに投げかけてくるトップスター。

展覧会を観た後に友人に教えてもらったのだが、横須賀で学生時代を過ごした山口百恵さんは『蒼い時』で石内さんの写真集『絶唱、横須賀ストーリー』に言及しているらしい。『蒼い時』を読んでいればこの写真の見方は変わったかもしれない、と少し後悔。

 

立体感が際立つ美しいモノたち

後半はカラーのモノの写真が並ぶ。

今も撮影を続けているという、広島の原爆の遺品の写真には見入ってしまう。透き通るブラウス、名札の付いた制服……。女性の服の微妙なヨレの波打つ様が、モノに際立つ立体感を与えている。昨晩、NHKで再放送された「SWITCHインタビュー」で石内さんが、美しく撮影しているから、と語っていたが、本当に美しい。

使用のうえ被爆したというモノは激しい痛みを有しているが、翻ってそれがモノの属人性を強調し、持ち主まで想像させているように思う。

 

傷んだ古い財布を撮影することに

美術館からの帰り、なんとなく財布を売っている店を数軒のぞいてみた。そのうちの1軒で、ある財布の濃い紺色に一目惚れしてしまった。サイズがやや小さいことでしばらく逡巡したが、結局、新しい財布を購入した。

もう図書館のカードもジムの会員証も財布に入れられないが、みなとみらいで財布を新調することに意味があるような気がしたのだ。

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焦茶色の財布から濃紺の財布に中身を移し替え、すっかり薄くなった古い財布のほどけたステッチを触った瞬間、写真を撮りたい衝動に駆られた。石内さんの遺品の写真を思い出したのだ。

翌日、太陽の差し込む室内で古い財布の写真を撮った。写真の財布は痛み具合が数割増しており、5年間の移ろいを凝縮してこちらに伝えてくる。いろいろ環境が変わってしまったことへの諦めと、ほとんど変われていない自分への焦り。

次の財布を手にした時には、せめてこの焦燥を感じないようになれるだろうか。

 

センター試験の当週、晴れて受験生になることができた。

昨日からネット上をにぎわせているムーミンの話題で、今週末がセンター試験ということを知った。

www.huffingtonpost.jp

 

私も晴れて受験生に

私もかつてはセンター試験を受ける受験生だったのだが、実は晴れて再び受験生になることができた。

「何、分けわからないことを」と言われるかもしれないが、大学院の受験を認められたのである。

 

大学を卒業してからほぼ20年経った今になって大学院(博士後期課程)への進学を考え、ある大学院の先生に相談したのが昨年の夏。

ただ、事前審査をパスしないと試験を受けることはできず、そのための書類を昨年の11月末に提出した。

私が修士課程(博士前期課程)を終了していないことが問題で、そのために研究計画書だったり論文等を提出しなければならなかった。

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その結果通知のメールと文書が今週届いたのである。あっさりとした文面だが、「受験を許可する」という語にほっと胸をなでおろした。

 

学部卒業と修士課程修了との間にある厳然たる差

今回の件で強く感じたのは、学部卒業と修士課程(博士前期課程)修了との間にある厳然たる差。修士であれば、これほど事前審査の準備は必要なく、審査も短時間で済んだだろう。

学士と、2年間(+α)の時間と学費を費やして研究した修士とでは差があって当然なのだが、アカデミアと離れた場所に身を置く私がその差を実感する場は多くない。というか、その差を忘れかけていた。

自分がそれなりに研究にしがみついて論文を書いてきたとは思っていても、ここまでの手続きを進めるなかで、自分が修論を書いた人と同等ではないことを改めて思い知らされた。

 

少しでも研究に関わろうと考えている学部生で、環境が許すなら修士課程は修了しておくべきだ。

学部卒業だと、私のように後々になって研究しようとした場合に苦労することになる。