独り身の40代大学院生、博士を目指す。

岡山を拠点とする年齢的にも経済的にも余裕のない社会人が、少しでも研究実績を積み上げようとあがいています。

2020年に達成すること(+2019年の振り返り)

2020年になって2日目が終わろうとしている今。2019年の振り返りと2020年度に達成することを掲げておきたい。

 

2019年の年頭目標はどうなったか

knada.hatenablog.com

 

1. 2月中に論文投稿

4月初旬になったが、論文を投稿した。査読もパスし、現在は掲載待ち(いつ掲載されるのか?)。

この論文が博士論文の第2章の前半部分にあたる。

 

 

2. 秋に論文投稿

投稿先が査読誌ではないので、掲載は確定、春には刊行予定。

これまで書いた論文のなかでは内容に一番自信があるので、それなりの雑誌に投稿したほうがよかったな、とちょっと後悔も……。

博士論文第2章の後半を構成する論文。

 

3. 心と身体の調子を取り戻す

調子はよくなった。

原因は仕事にあるのが明確だったので、転職活動を開始し、春から別の会社で雇ってもらえることになった。心身の状態が向上したのは現在の仕事から離れることが決まったためだろう。

年収は1割ほど減少し転居も必要だが、こればかりは仕方がない。

 

2019年の目標

1. 5月に論文投稿

博士論文第3章にあたる論文。現在はフレームを固めている段階。

 

2. 下半期に論文投稿

博士論文第4章にあたる論文。内容の見通しはまだ立っていないが。

この論文までで、博士論文予定分量の6割強を書けることになる。

 

3. 新しい生活での研究サイクルの確立

3月末に転居し、4月から新しい土地での生活を始める。同時に新しい会社での勤務もスタートさせる。

新生活に早く慣れて、プライベート時間の確保と週間単位での研究サイクルを確立させたい。

 

社会人大学院生が、どうやってモチベーションを維持し、研究時間を捻出しているのか。

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昨日、twitterのタイムラインで流れてきたこの記事。

社会人大学院生のたでぬーさんが、毎日の仕事に追われるなかで、いかにして研究時間をひねり出しているのか。

note.mu

 

私は大学院の博士課程に通い始めてすでに1年半が経過した。博士論文を書き上げるためには膨大な研究時間を求められる。ただ、生きていくための生活費も別居中の子どもの養育費も必要なので、普段は仕事(研究とは関係のない)をしている。

現在の生活での最大の課題は、一日のなかで少しでも研究時間を確保することができるか、である。そして時間を研究に充てるのに必要なのはモチベーションだろう。

そこで、たでぬーさんの上記の記事に触発されて、現在の私がどうやって研究時間を捻出しているか、モチベーションを維持しているか、を書き留めておきたい。この1年半試行錯誤してたどり着いた現況でもある。

 

1 家から外に出る

自宅(部屋)に居ると、どうしても気が散ってしまう。「家にいる間に洗濯したほうが」「晴れたので窓開けて掃除ができるかも」「おかずをつくり置きすると節約になるかな」といった「家でしかできない用事」に意識が引っ張られるのである。特段、家事好きでも清潔好きでもない私ですら、自宅にいるとこうした状況に落ちいることになる。

 

そこで、外に出る。私がよく行くのは、近くのタリーズか某国立大学の図書館。

タリーズに限らず、チェーン店のカフェは本やパソコンを広げていても許してくれる雰囲気がある。その都度、数百円とはいえ、お金を払っているので時間を無駄にしたくないという意識が強く働く。そしてなにより、おいしいコーヒーを飲みながら研究できる。

国立大学の図書館は、必要であれば誰でも利用できる(はず)。大学の図書館は周囲に勉強している学生がいるので、やらざるを得ない気持ちになる。

 

2 朝活に惑わされない

以下は私の平日のスケジュール(理想的な)である。

7:30-19:30 通勤+仕事

19:30-22:00 研究(1時間強程度)+夕食+買い物+帰路

22:00-24:00 翌日準備+ネット+ゲーム+読書

 

19:30-22:00の時間帯は、会社の帰りにタリーズに寄って研究することもあれば、一度帰宅して夕食を食べてから大学図書館に向かうこともある。いずれにしても平日の研究時間は夜である。

以前、出勤前にマクドナルド(早朝にも開いているので)で研究していたこともある。しかし、1年ほど前にうつ病を発症してからは睡眠薬を飲まないと眠れない日も多く、朝早く起きるのが難しくなってしまった。

博士論文を書いた人たちからは、朝にまとまった執筆時間を取ったという話をよく聞く。先達の意見を耳にするたびに不安にはなるが、今は割り切って朝活に固執することを辞めた。体調優先。

 

ただ、たでぬーさんの記事を読んで、休日の朝(早朝ではない)を研究に充てるのはいいな、と思って今はタリーズにいる。ブログを書いているのだが……。

 

3 とりあえず書く

論文の完成にたどり着くには、結局のところ、毎日少しづつ書くのが近道である。と、40歳を過ぎてから悟った。

なので、研究時間をまるまる資料調査やデータ収集・分析に充てる日以外は、とりあえず書く。パソコンを開いて100文字でもいいから打ち込む。

毎日、少しでも文字数が増えていると論文の完成に近づいている気になり、モチベーションの維持にもつながる。

 

4 たまに大学に行く

私は自分や院生の発表の日だけは大学に行かないといけない。逆に言えば、それ以外の日は大学にいる必要はない。

しかし、必要性はなくても大学に行く日を無理につくっている。自宅(岡山)から大学(京都)にまで通うのは、往復4時間と新幹線代が必要なので負担は大きいが、それでも。

大学に行けば先生や院生に会うことができる。先生や院生と話をすることで得られる着想やモチベーションは、日常、研究環境に身を置かない私にとって相当に貴重なのである。

 

 

久しぶりにブログを書いたので、研究の現況も少し。

現在は博士論文8章のうち、2章分の論文2本を仕上げて投稿した。うち1本は近いうちに掲載されるはず。

今のペースだと半年に1章分の論文を書くのがやっとなので、博士論文の完成までにはあと3年以上かかることになる。今は2年目だが、博士課程には3年しかいられない。単位を落として留年する方法もあるが、その場合は学費が必要なので、とりあえず来年は休学して論文を書くことにした。

 

 

メモがあるからこその資料的価値-「よみがえる沖縄1935」@立命館大学国際平和ミュージアム

4/13から始まったKYOTOGRAPHIE。毎年GW前後の時期に京都市内各所で写真を展示するイベントで、タイミングがあえば見に行くようにしている。お金かかってるなー、と感じるだけあって会場での見せ方や設営のセンスがいい。

 

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今年、とりあえず「よみがえる沖縄1935」を立命館大学国際平和ミュージアムで見てきた。

www.ritsumeikan-wp-museum.jp

 

展示されている1935年の沖縄の写真は、近年、朝日新聞大阪本社で発見されたもの。昨年、横浜の日本新聞博物館で開催された展覧会の巡回展である。当時、ネットで結構話題になっていたので、京都で見られることを知って早速訪れた。

 

写真には、糸満那覇の生活感あふれる人々や豊かな自然、独特の瓦屋根を戴く集落などが写っている。

特に印象的だったのは那覇のウフマチ(大町)の写真。活気のある市場のなかには、洋装をした女性や日傘をさす人も見える。売買の状況や商品も知ることができる。AIで着色された写真からより多くの情報を引き出すことができた下記の記事も読むとさらにおもしろい。

withnews.jp

277コマ発見されたうちの100点前後が展示されており、撮影場所や時期が判明しているだけに資料的価値は高い。

 

後半には、当時撮影した朝日新聞社の記者の写真やフィルムなどが少し展示されている。

印画紙の箱にフィルムと一緒に入っていたというメモには、番号ごとに撮影状況が記録されている。番号はフィルムのコマ数だろう。対象を撮影する前に、その状況を記したものを撮影する「写し込み」(工事現場や建築現場では黒板に書いたものを写し込む)はされていない。写し込みがなされないのは、フィルムがいかに貴重だったかを物語っている。それだけにメモがフィルムと一緒に残っていたことの意義は大きい。このメモがなければ(メモと対照できないフィルムもあるかもしれないが)、写真の資料的価値が激減してしまう。メモをきっちり取っていたのは、さすが新聞記者といったところか。

 

建物の裏にある大きな桜はようやく散り始めたくらいで、数日は花が残っていそう。

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4月から大学院に通うことを決めた40代の友人。決断までの最大の障壁は成功してる今の事業だった。

先週、同年代の友人Kと夕食を共にした。彼が院試に合格したことを祝うささやかな祝宴である。

 

Kは芸大を卒業後、各地を転々としながらアーティストとしての活動を続けてきた。数年前、岡山県内のある地方に移住し、現在はひとりでカフェを営み、同時に作品も制作している。

その彼が、とある芸大に勤める作家兼教員に大学院(修士課程)への入学を勧められたのが昨年の春。作家としてのスキルを理論的な面からをブラッシュアップさせたいと考えていた彼にとって新たな選択肢が見えたのだろう。それから実際に大学を見学するなどして大学院へ通うことを真剣に考えることになった。が、年末の院試までの期間、相当に悩んだらしい。

結果的には院試に合格し、4月からは大学院に通うことになった。大学に通える東京都内に移り住むことになる。

 

Kが大学院へ進学することをためらった最大の障壁は、現在営むカフェであったという。カフェの営業は軌道に乗っており、当初の予定以上に利益も出ている。2年間通学して生活するだけの貯金はあるものの、順調な事業を手放すのに相当な勇気が必要なのは容易に想像できる。

それでも大学院に通うことを決断したKに敬意を表したい。思うように研究を進められていない私自身にとっても、彼の決断と行動は刺激になる。

 

2019年に達成すること(+2018年の振り返り)

年も明けてすでに2週間経過したが、2019年に達成することを掲げたい。

その前にまずは2018年の年頭目標を振り返ってみる。

 

2018年の年頭目標はどうなったか

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1 上半期に論文(論文03)投稿

結果的には10月になったが無事論文を投稿した。2019年3月公表予定。

 

2 下半期に論文(論文02)投稿

現在、執筆中。

この論文の内容について大学で数回発表した。発表の場で、論文の内容を分割したうえ、それぞれを膨らませたほうがよい、とのアドバイスをいただいた。そのため、追加で調査、データ作成を実施したところまでで2018年が終わった。

 

3 大学院進学

なんとか合格して大学院に通っている。

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4 筋肉量をさらに増やす

 △

ジムに行く回数が減ったので増えてないかも……。

 

残念な状態の目標もある2018年だったが、2019年の目標を。

1. 2月中に論文投稿

現在執筆中の論文を近々雑誌に投稿する。博士論文の第2章になる予定。

 

2.  秋に論文投稿

博士論文の第3章にあたる論文を半年で完成させる。

 

3. 心と身体の調子を取り戻す

秋にうつ病になり、現在も睡眠薬がないと深い眠りを得られない。が、朝は起きられず、研究に割く時間を確保するのが難しくなってしまった。心身不調の原因は判明しているので、元凶から遠ざかることで元の生活を取り戻したい。

2018年 お気に入りの本3冊

2018年も12月30日になった。昨年に引き続き、今年読んだ本の中で特に気に入っている3冊を紹介したい。(自分の専門分野を除く)

 

『はじめての沖縄』(岸 政彦)

対象のモヤモヤを、モヤモヤのまま捉えようとするスタンスが岸政彦さんの魅力だと思う。 それはこの本でも同様である。タイトルで「はじめての」とうたっているが、沖縄をより深く知ろうとする人にこそ、モヤモヤが伝わるような気がする。

終章で、社会を人びとのつながりだとすることに対して「私たちは、実はつながっていないのではないか」との一文には、はっとした。 「つながり」の語を用いるにしても、それがどのレイヤーでのつながりなのか十分に自覚する必要があるのではないか。

 

ちなみに、「よりみちパン!セ」シリーズが発行所を変えて再出発したことを、この本で初めて知った。新曜社には、石川直樹さんの『いま生きているという冒険』をもう一度出して欲しい。石川さんが高校生のときに撮ったというガンジス川の写真は、『いま生きているという冒険』で文章と併せて見るべきかと。

 『倭の五王』(河内春人)

限られた史料を駆使し、通説に対して静かに理詰めで挑むスタイルに引き込まれて終盤は一気に読んでしまった。専門分野であればあるほど通説を疑うこと自体が難しいはずで、テーマ的にも高い壁をなんとかして越えようとする姿勢は文章からも十分伝わってくる。

 

そして、今年も中公新書はいい本出すな、と。

 『風景論』(港千尋

東日本大震災の場から始まり、世界の各地を巡りながら「風景」に向き合い続ける。写真家だけに、挿入される写真がいい。パラパラめぐるだけでも楽しめる。

 

冒頭に次の一文がある。

「見知らぬ土地を歩きながら、普段とは違った風光に触れるのは、人間の喜びである。」

「風景論」でありながら「風景」の登場より前に「風光」の語を用いる意図に唸らされる。

 

 

2018年 満足度の高かった展覧会

2018年も終わりに近づいているので、昨年に引き続き、1年間に訪れた展覧会のうち、よかったものを振り返ってみる。ただ、今年は例年に比べて展覧会を観ていないうえ、印象に残るものも少なかったのでふたつのみ。

 

「石内 都 肌理と写真」@横浜美術館

 ひとつは横浜で開催された「石内 都 肌理と写真」である。

今でも頭に焼き付いているのは横須賀を写したモノクロの風景、特に山口百恵さんのピンナップの下に気だるそうに座る若い男性の写真。「横須賀ストーリー」の写真は機会があればまた観たい。

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「20世紀の総合芸術家 イサム・ノグチ ―彫刻から身体・庭へ―」@香川県ミュージアム

もうひとつはイサム・ノグチの展覧会。大分から始まり東京まで巡回した展覧会を、私は香川で観た。香川はイサム・ノグチがアトリエを構えていた地である。

イサム・ノグチの彫刻や庭園は知っていたが、北京ドローイングや舞台美術関連資料はこの展覧会で初めて見た。これからも各地で出合うであろう彫刻や遊具の見方が変わるかもしれない。

展示室にひっそりと置かれていた香川の作品マップ(高松市内にも結構ある)も嬉しかった。