5年前に財布を買って以来のみなとみらい
みなとみらいの駅で降りたのは、ほぼ5年ぶりだろうか。
当時、仕事で横浜を頻繁に訪れていたにもかかわらず、中華街にも山下公園にも行ったことがないという私を友人が案内してくれた。よく晴れた秋の週末で、駅も山下公園も赤レンガ倉庫も休日を楽しむ人たちでいっぱいだったことを思い出す。
山下公園といえばあぶない刑事という世代の私は、屋台が並び家族連れでごった返す光景を目の当たりにして、30年近く抱いていた山下公園のイメージの変更を余儀なくされた。
ちなみに、この時、偶然立ち寄った店でオリーブグリーンの財布を買ったのだが、その財布は皮を綴じるステッチの一部がほどけ、色も焦茶色に近くなってしまった。財布の隅々を改めて眺めると、5年間という時間の流れの残酷さを痛感する。
横浜美術館で開催中の「石内 都 肌理と写真」
さて、今回みなとみらいに赴いたのは、横浜美術館で開催中の「石内 都 肌理と写真」を観るためである。
昨秋、百島(広島県尾道市)で石内都さんの写真を観た際、横浜美術館での展覧会には必ず来ようと決めていた。
石内都さんが撮影した横須賀と山口百恵さん
会場は1970-80年代に撮影した風景や建物から始まる。
粒子が浮かび上がる独特のざらついた空は、二次元の写真に凹凸を与えているようだ。
風景や建物が続く中でひときわ目を惹くのが、アパートの一室に貼られた山口百恵さんのポスターである。私の前に観ていた人もこの写真の前で立ち止まった。
気だるそうにベッドに座る男性と対照的な強い目線をこちらに投げかけてくるトップスター。
展覧会を観た後に友人に教えてもらったのだが、横須賀で学生時代を過ごした山口百恵さんは『蒼い時』で石内さんの写真集『絶唱、横須賀ストーリー』に言及しているらしい。『蒼い時』を読んでいればこの写真の見方は変わったかもしれない、と少し後悔。
立体感が際立つ美しいモノたち
後半はカラーのモノの写真が並ぶ。
今も撮影を続けているという、広島の原爆の遺品の写真には見入ってしまう。透き通るブラウス、名札の付いた制服……。女性の服の微妙なヨレの波打つ様が、モノに際立つ立体感を与えている。昨晩、NHKで再放送された「SWITCHインタビュー」で石内さんが、美しく撮影しているから、と語っていたが、本当に美しい。
使用のうえ被爆したというモノは激しい痛みを有しているが、翻ってそれがモノの属人性を強調し、持ち主まで想像させているように思う。
傷んだ古い財布を撮影することに
美術館からの帰り、なんとなく財布を売っている店を数軒のぞいてみた。そのうちの1軒で、ある財布の濃い紺色に一目惚れしてしまった。サイズがやや小さいことでしばらく逡巡したが、結局、新しい財布を購入した。
もう図書館のカードもジムの会員証も財布に入れられないが、みなとみらいで財布を新調することに意味があるような気がしたのだ。
焦茶色の財布から濃紺の財布に中身を移し替え、すっかり薄くなった古い財布のほどけたステッチを触った瞬間、写真を撮りたい衝動に駆られた。石内さんの遺品の写真を思い出したのだ。
翌日、太陽の差し込む室内で古い財布の写真を撮った。写真の財布は痛み具合が数割増しており、5年間の移ろいを凝縮してこちらに伝えてくる。いろいろ環境が変わってしまったことへの諦めと、ほとんど変われていない自分への焦り。
次の財布を手にした時には、せめてこの焦燥を感じないようになれるだろうか。